大阪高等裁判所 昭和38年(ラ)24号 決定 1963年3月06日
決 定
奈良県大和郡山市小泉市場
抗告人
米沢義春
右代理人弁護士
加藤充
佐藤哲
土田嘉平
東京都千代田区霞ケ関一の一
相手方
国
右代表者法務大臣
中垣国男
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告人の抗告理由は別紙のとおりである。
民事訴訟法第三四三条にいう「其の証拠を使用するに困難なる事情」とは、「其の証拠方法を使用するに困難なる事情」であり、人証の場合、工作により供述の内容が変更されるおそれがあることは、「其の証拠方法を使用するに困難なる事情に該当しないものと解するのを相当とする。
よつて、本件抗告を棄却し、抗告費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。
昭和三八年三月六日
大阪高等裁判所第八民事部
裁判長裁判官 石 井 末 一
裁判官 小 西 勝
裁判官 中 島 孝 信
抗告理由
原決定は「証拠保全手続にいう証拠を使用するのに困難な事情がある場合とは取調自体が不能又は困難となる場合をいい、人証の場合証人の死亡又は海外旅行のおそれがあり証言そのものを求めがたくなる場合であり本件のように工作により供述の内容が変更されるおそれがある場合はこれに含まれないと解するのが相当として申立を却下した。
然ながら書証の場合には改さんの虞ある場合、一部を切除する虞のある場合と裁判所が認めたときは証拠保全を許さるべきであり、本件のような場合にも同様である。
およそ証拠の使用と証拠の取調とは異る概念であり、民事訴法第三四三条もその故にこそ「証拠調」と「その使用」を使い分けているのである。
即ち書証の場合にその物自体の顕出と共にその物の記載内容を証拠に供するものであると同様に、人証の場合も証人それ自体よりも寧ろ証人の供述を証拠に供するものである。改ざん前の書証の記載を保全せんとすると同様に、工作により調整される以前の供述内容を保全し、その供述内容を他日証拠として使用せんとするのである。
抗告人が申請する人証間に時日を貸し、綿密な調整、工作を許せば、既にその一部を現認する供述の齟齬も証拠として使用不能になることは現在までの経過に徴して火を見るより明かである。
民訴法は、かかる事態をも予想しているのであつて、然らずとすれば「……予め証拠調をなすに非れば……証拠調をなすに困難なる事情ありと……」と規定している筈である。
民事、刑事の証拠法を通じて唯一ケ所「証拠の使用」なる用語を用いたのは、かかる意味を持つのである。
原決定の例示する人の死亡は、証拠の使用不能となる場合であり当然本条に含まれるが、海外旅行の如きは長期旅行の場合は民訴法二六四条で賄うことができ、短期旅行の場合はその帰りを待てば良いのであつて死亡による不能の場合に比して著しく困難の度が低いばかりでなく本件の場合とは比較にならない程「証拠の使用」は容易であると言うべきである。
刑事裁判例の中には、原決定と同一見解のものがあり原裁判所はその見解に従つたと聞くが刑事訴訟法三二一条一項二号、三号の存在その他刑事訴訟の構造から、民三四三条と異り、対立当事者たる司法警察職員及び検察官の証拠保全請求権を排除しているなど刑事訴訟の本質から譬え文言が民訴のそれと同一用語であつたとしても、必しも同一に解さねばならないいわれはないし、仮に同一に解すべきであるとしても、右の如き見解は刑訴法第三二一条各号の存在その他から不当に被告人、被疑者又は弁護人の権利を制限するものであつて誤りである。
抗告人は荒張巡査部長の暴行により、当初加療二週間の傷害であつたが、その後の診断により右第七肋骨々折一ヵ月休業加療の重傷を負つたことが判明した。
かかる場合も官憲の不当な偽証工作に時日を藉すように現法体制ができているとは考えられない。もし然りとすれば刑法一九四条同一九五条の加重及び刑事訴訟法二六二条の如きはその機能の大半を最初から奪われているにひとしいと言うべきである。
原決定は民事訴訟法第三四三条の解釈適用を誤つたものであり申立の趣旨の如き裁判を求めるものである。